走る
一瞬。
重力という拘束から放たれる。
そして衝撃。
あまりにも強烈で、僕から地面と視界と音を奪い去る。
ただ、間を置かずに盗みの犯人が自分の「力み」だと気付く。
鼻と眉間はこれ以上無く近づき、口角は限界まで後ろに引かれ、歯や顎は耳鳴りがするほど噛み締められている。
右のひじ、右頬、左手のひら、胸、右の太ももの前側、に壁があてがわれ、密度を極限にまで高めているはずの筋肉や骨に痛みを染み込ます。
少しずつ開く目が写すのは隙間なく敷き詰められた黒い石。
強く絞られた喉が、筋肉に締め付けられた肺から這い出ようともがく空気を通し始める。
壁と思ったものは地面だと気付く。
目が写したのは至近距離のアスファルトと気付く。
漏れた空気は耳に「う゛…う゛…」という音を届ける。
染み込んだ痛みは徐々に広がり、染み渡ると同時に頬を一筋熱い涙が通る。
痛みによる物ではない、羞恥と後悔から来るものだ。
年を重ねるにつれ、意味もなく走ることを止めるようになったのは、これを味わうことを恐れたから。
のどかな春風が頬の一筋を冷やす。
ま、要はコケたんです。
いっっってぇ!